The Cheserasera 『幻』 レビュー | 曖昧な感情に居場所をくれる人生の相棒

うまく言えなかったこと、白黒つけられなかったこと、それらの曖昧な感情に居場所をくれる。無かったものとしてではなく、確かにそこに「あったよね」と言ってくれるさりげない優しさ。目立たなくとも、人生の相棒になるような。

The Cheserasera 『幻』 レビュー

The Cheserasera(ザ ケセラセラ)は2009年、大学のサークルで出会った宍戸翼(Vo/Gt)と美代一貴(Dr)、そして美代(Dr)の幼なじみである西田裕作(Ba)の3名で結成された東京都出身のスリーピースバンド。バンド名の由来である「Que Sera, Sera(ケセラセラ)=なんとかなる」という言葉は、前向きな響きを持っているけれど底抜けに明るいわけではなく、どうにか乗り越えていこうとする過程があることを連想させる泥臭さを帯びている。10年以上ある彼らの歴史も、メンバーの体調不良によるライブの中止やメジャーレーベルからインディーズ自主レーベルへの変更など平坦ではない道を歩んできており、まさにこのバンド名を体現している。「なんとかなる」と言いながら、「なんとかする」しかない状況をかき分けてきたのだ。

 前作の『dry blues』から約2年後の2019年5月に発売されたThe Cheseraseraの4thフルアルバム『幻』は、これまでの作品の中で最も多様な音楽性を感じることができるアルバムである。ライブ活動を精力的に続ける中で湧いてきた「新たな魅せ方に挑戦したい」という思いから、これまでにない曲調やテンポなど新たなグルーヴを生み出している。音楽シーンにおける画期的な目新しさや派手さみたいなものは無いのかも知れない。それでも、兎に角まっすぐに、色々やってみている。良い意味で、往生際が悪い。

「12人の主人公の他愛のないお話」と、本作『幻』に寄せたコメントで宍戸が言うように12曲の曲調や歌詞はそれぞれの個性が際立っている。だからこそ、いつ聴いても12人のうち誰かには共感できるし、聴いていくうちに心がほぐれていく。

M1「ワンモアタイム」やM2「Random Killer」では、早急なビートやソリッドなギターと宍戸の全身の力を振り絞るような歌声によって閉塞感へのモヤモヤした感情が叫ばれている。かと思えば、西田によるイントロのジャジーなベースが光るM3「残像film」では、もう戻れない過去を憂いている。タイトル曲であるM4の「幻」(作詞:宍戸翼)は、AORのような雰囲気があり、横に揺れるようなリズムと穏やかで語りかけるような歌声で<息が止まるまで続けよう僕はあなたの味方/毎日は過ぎるまぼろし悩むだけ阿呆らしい/日はまた昇る泣き叫ぼうが来る必ず/全て他愛のないまぼろし>と優しく寄り添う。特に<息が止まるまで続けよう僕はあなたの味方>という重ねたコーラスで強調されて歌われるこのフレーズはバンドとしての決意表明のようにも聴こえてくる。その直後には一転して、美代による軽快なドラムスティックでのカウントからM5の「ずっと浮かれてる」(作詞:宍戸翼)が始まり、ひたすらに明るい曲調で皮肉交じりの歌詞を届けるから少し驚いてしまう。<僕らが持てる輝き永遠に忘れないで>というどこかで聴いたことのあるような詞の引用もあり、ユーモアな遊び心が垣間見える。

このように前半5曲だけでも十人十色な本作だが、12曲を支える骨組みのような存在として、タイトル曲のM4「幻」以外に、ラストを飾るM12「横顔」(作詞:宍戸翼)の存在が大きいように思う。バラード調の曲でシンプルな音作りだが、サビに行くに連れての静かな盛り上がりやCメロでのドラマチックな展開にはオーラス感があり、締めくくりにふさわしい。<なにもない癖して諦めてないんでしょう/たまには休めよ形なんて何でもいいさ舞い上がれ>何かを夢見ている、すべての諦めきれない人の心情を察するような歌詞が深く沁み込んで癒しを与えてくれる。心を芯から温めるような曲だ。

何度もこのアルバムを聴き込むうちに、この12人(曲)はバラバラの個人ではなくて、自分自身の持っている様々な感情なのかも知れないと感じた。同じ人間でも、怒りの感情が強い日もあれば、ひたすら落ち込みまくる日もあるし、穏やかに誰かの幸せを願って過ごせる日もある。ただ、その気持ちを隠してしまったり、見て見ぬふりをしてしまったりしてはいないだろうか。そうして無意識のうちに行き場のなくなった、いや、存在そのものが怪しくなってしまった気持ちがあるのではないだろうか。そんな曖昧な感情たちが、このアルバムのどこかに引っかかってくれるのだ。”形の無い幻のような感情を描きたい/そういう音楽をずっとやってきた”と宍戸がインタビュー(※)で語っているが、まさにその通りなのである。日々の悩みに対して、明瞭な答えをくれるわけでも、派手な演奏で吹き飛ばしてくれるでもないけれど、一緒に悩み続けてくれるのだ。

これからも”あなたの味方”として存在し続けるために、一度バンドとしての活動を休止するという決断をした彼らが、この夏、約1年半の休止期間を終えてライブシーンに帰ってくる。会えない間もお守りのように支えてくれた曲たちがライブで再び輝く日に、今度は私たちがおかえりと”The Cheseraseraの味方”でいることができたなら。そんなことを願いながら、今一度この『幻』というアルバムを聴いている。

https://kansai.pia.co.jp/interview/music/2019-06/thecheserasera-maboroshi.html


The Cheseraseraは7/23の「MURO FESTIVAL(ムロフェス)」からライブを再開する。
横浜の赤レンガ倉庫という久々の野外開催でフェス自体も盛り上がること間違いなし!なので、気になる人はぜひチェックしてみてほしい。その後も、東名阪のワンマンツアーや千葉県の佐倉市で開催される「くさのねフェス」への出演などが予定されている。

★7/22-23 ムロフェス(The Cheseraseraの出演は 7/23 10:25- ムロ海エリア RIGHT STAGE)

★The Cheserasera 2023 夏の再生 東名阪ワンマンツアー

★9/9 くさのねフェス


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