羊文学“more than words”レビュー|羊文学が提示する自己肯定の物語
アニメ『呪術廻戦』「渋谷事変」のEDテーマに起用されている本作。
羊文学がこれまでタイアップで提供した曲は爽やかで透明感を感じさせるものが多かったが、今回は音も歌も落ち着いたトーンで進んでいくのが印象的だ。
羊文学“more than words”レビュー
美しい音とメロディに乗せて歌われるのは、自分の在り方を探す葛藤とそこから抜け出す一人の人間の姿。
歳を重ねるほど、本音が言えなくなる。新しいものに飛び込むことが怖くなる。
良くも悪くも「上手く生き抜く術」が身に付き、あらゆる可能性に見切りをつけ、自分を小さく抑え込んでしまう。
上手く生きるためにとった行動なのに、そんな自分に嫌気がさす…。
4つ打ちのドラムに乗せた序盤の語らいは、きっと誰もが感じたことがあるであろう、心の葛藤だ。
〈だって どうだっていいって笑っても/まだ自分のことを愛したいんだって もがいているんでしょう?〉1
そんな迷いに手を差し伸べる塩塚モエカの歌。
自分を愛したいともがいている人に、何か言葉をかけるよりもただ側にいる。
〈just be by your side/and give you more than words〉1
美しいファルセットで歌われるのは、ひとつの愛のかたちだ。
自分が感じるままに、思うがままに素直に生きよう。
羊文学が提示する自己肯定の物語が、この“more than words”なのだ。
悩める若者にぜひ聴いてもらいたい、きっと道しるべとなってくれる。そんな一曲だ。
“more than words”と『呪術廻戦』の世界
本作は、呪術廻戦を何度も読んだ上でできあがった曲だという。
ボーカルの塩塚モエカは、「監督から、どん底の現実に直面する虎杖の『帰る場所』になれるエンディング、とリクエストを頂きました」と語る(週刊少年ジャンプ2023年40号より)。
確かに渋谷事変で主人公の虎杖は、自分の意思ではないにせよ大量の人を殺めることになり、その事実にとてつもない苦しみを覚える。
気高い信念ではなく、自らを「部品」と称して生きることを選ぶ、15歳にしては悲しすぎる覚悟を背負うことになる。
そんな虎杖に対して、「もっと自分を愛してあげて」と寄り添うのが、この“more than words”なのだと思う。
〈だって どうしようもないときでも/まだ自分のことを信じたいんだって 気づいているんでしょう?〉1
絶望の中にいる虎杖の、生を肯定してくれるような一節。
その言葉は、決して作中のキャラクターだけでなく、平坦ではない現実世界を生きる私たちにも響くはずだ。
それぞれの『帰る場所』であるように、お守りのようなこの曲を大切に心に抱えておきたい。
1羊文学 “more than words”(作詞:塩塚モエカ)より歌詞を引用。
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